ナルキッソスとスイセン|水面の美青年から生まれた花の神話

春になると白や黄色の花を咲かせるスイセンは、古くからヨーロッパで親しまれてきた植物です。
このスイセンには、ギリシャ神話に登場する美しい青年ナルキッソスにまつわる有名な物語があります。
ナルキッソスは多くの人から愛されるほど美しい青年でしたが、誰の思いも受け入れませんでした。やがて泉の水面に映った自分自身の姿に恋をし、その場から離れられなくなります。そして彼が命を失った場所には、一輪の花が残されていたと伝えられています。
その花こそ、ナルキッソスの名前を持つスイセンでした。
この物語は、古代ローマの詩人オウィディウスが『変身物語』のなかで描いたことでよく知られるようになりました。
この記事では、ナルキッソスとスイセンにまつわる神話を中心に、水面に映る自分自身に恋をした青年の物語や、スイセンが古代世界でどのような花として捉えられていたのかを紹介します。
1. ナルキッソスとはどのような人物だったのか
ナルキッソスは、ギリシャ神話に登場する美しい青年です。
古代ローマの詩人オウィディウスが『変身物語』で伝える物語では、ナルキッソスは河神ケフィソスと水のニュンペーであるリリオペの間に生まれました。
ナルキッソスが生まれると、母リリオペは予言者テイレシアスに、この子が長く生きることができるのかを尋ねます。
それに対してテイレシアスは、ナルキッソスが「自分自身を知らなければ」長生きするという意味の不思議な予言をしました。この言葉の意味はすぐには明らかになりませんでしたが、後にナルキッソスが水面に映る自分自身の姿と出会うことで、その意味が明らかになっていきます。
やがてナルキッソスは成長し、ひときわ美しい少年になりました。オウィディウスによれば、16歳になる頃には、その美しさから多くの若者や娘たちに思いを寄せられていました。
しかし、ナルキッソスは自分に向けられる愛を受け入れようとはしませんでした。美しい外見とは対照的に、彼には他者を寄せつけない高慢さがあり、誰も彼の心を動かすことができなかったと描かれています。
こうしてナルキッソスは多くの人々から愛されながらも、その思いを次々と退けていきます。
そして、自分に向けられた愛を拒み続けたことが、やがて彼自身の運命を大きく変えることになります。
2. ナルキッソスに恋をしたエコー
ナルキッソスに思いを寄せた人物として、特によく知られているのがエコーです。
オウィディウスの『変身物語』では、エコーは山野に暮らすニュンペーとして登場します。もともとのエコーは自由に話すことができ、話好きな性格だったとされています。
しかし、エコーはある出来事をきっかけに、女神ユノーの怒りを買ってしまいます。
エコーは、ユノーの夫であるユピテルがほかのニュンペーたちと過ごしている間、長い話をしてユノーを引き止め、ニュンペーたちが逃げる時間を作っていました。それに気づいたユノーは怒り、エコーから自由に話す能力を奪います。
その結果、エコーは自分から自由に言葉を発することができず、相手が話した言葉の最後の部分を繰り返すことしかできなくなりました。
そんなエコーが、ある日、森で狩りをしていたナルキッソスを見つけます。
美しいナルキッソスに一目で恋をしたエコーは、彼に近づきたいと思います。しかし、自分から話しかけることができないため、木々の間に隠れながら、ナルキッソスが言葉を発するのを待つしかありませんでした。
やがて仲間とはぐれたナルキッソスが声を上げると、エコーはその言葉の一部を繰り返します。ナルキッソスは近くに誰かがいると思い、声の主に姿を見せるよう呼びかけました。
そこでエコーは姿を現し、ナルキッソスに近づいて抱きつこうとします。ところが、ナルキッソスは彼女を強く拒絶しました。
思いを受け入れてもらえなかったエコーは深く傷つき、人目を避けて洞窟や森の奥で暮らすようになります。悲しみのなかで身体は次第に衰え、やがてその姿は失われてしまいました。
しかし、彼女の声だけは残りました。オウィディウスは、エコーの身体が消えた後も、その声が山や森に残ったと伝えています。
反響する音を表す英語の echo は、このエコーの名前に由来しています。
3. 水面に映った自分自身への恋
ナルキッソスが拒絶したのは、エコーだけではありませんでした。彼はその美しさから多くの人に思いを寄せられていましたが、誰の愛も受け入れようとしませんでした。
オウィディウスの『変身物語』では、ナルキッソスに拒絶された青年の一人が、彼もまた誰かを愛しながら、その愛を手に入れることができないようにと願います。
その願いを聞き入れたのが、人間の思い上がりや不当な行いに報いを与える女神ネメシスでした。こうして、他人から向けられた愛を拒み続けてきたナルキッソス自身が、決して実ることのない恋に苦しむことになります。
ある日、狩りで疲れたナルキッソスは、暑さと喉の渇きを感じて森のなかにある泉へ向かいました。
ナルキッソスが水を飲もうとして泉に身をかがめると、その水面に美しい青年の姿が現れます。
それはナルキッソス自身の姿でした。
しかし、ナルキッソスは最初、それが水面に映った自分自身であることに気づきません。目の前に実在する美しい人物がいるかのように、その姿に心を奪われてしまいます。
彼が水面を見つめれば、相手もこちらを見つめます。微笑みかければ、相手も同じように微笑みます。
ナルキッソスはその人物に触れようと水面へ手を伸ばしますが、どれほど手を伸ばしても、その姿をつかむことはできません。
それでもナルキッソスは水面から離れることができず、目の前の美しい姿を見つめ続けました。
喉の渇きを満たすために訪れた泉で、今度は手に入れることのできない相手を求め続ける「渇き」にとらわれることになったのです。
こうして、これまで他人の愛を受け入れなかったナルキッソスは、自分自身がかなわない恋に苦しむ立場となりました。
4. 自分自身の姿に気づいたナルキッソス
ナルキッソスはしばらく水面の姿を見つめ続けた後、やがて目の前にいる相手が自分自身であることに気づきます。
しかし、その事実に気づいても、ナルキッソスは恋から逃れることができませんでした。
ナルキッソスは、自分が愛している相手と自分自身が同じ存在であるため、その相手を自分とは別の存在として手に入れることができないという矛盾に苦しみます。
やがて彼は泉のそばから離れられなくなり、水面に映る自分自身を見つめ続けながら、少しずつ衰弱していきました。
こうして、他人から向けられた愛を受け入れなかったナルキッソスは、最後には自分自身が決して実ることのない愛に苦しみ、泉のほとりで命を失ったのです。
5. ナルキッソスの死後に残されたスイセン
ナルキッソスは泉のそばから離れることができず、水面に映る自分自身を見つめ続けました。そして恋に苦しみながら次第に衰弱し、ついには命を失います。
ナルキッソスの死を知った水のニュンペーや森のニュンペーたちは彼を悼み、葬儀の準備を始めました。ナルキッソスに拒絶されながらも彼を思い続けていたエコーも、その悲しみの声に応えたとされています。
しかし、ニュンペーたちがナルキッソスの身体を葬ろうとしたとき、そこに彼の姿はありませんでした。
その代わりに見つかったのが、一輪の花でした。
オウィディウスはその花を、白い花びらが金色の中心部を取り囲む花として描いています。これが、ナルキッソスの名を持つスイセンです。
物語のなかでナルキッソスの身体は消え、その場所には美しい花だけが残されました。
ギリシャ語の Narkissos、ラテン語の Narcissus という名前は、現在でも植物のスイセン属を表す学名 Narcissus に受け継がれています。
こうして、水面に映る自分自身に恋をした青年とスイセンは深く結びつき、ナルキッソスの物語は花にまつわる代表的な神話の一つとして長く語り継がれることになったのです。
6. 「ナルシシズム」に残ったナルキッソスの名前
ナルキッソスの名前は、花だけでなく現代の言葉にも残っています。その代表的なものが「ナルシシズム」です。
英語の narcissism は、ギリシャ神話のナルキッソスの名前に由来する言葉です。一般には、自分自身に強い関心を向けたり、自分を過度に高く評価したりする傾向を表す言葉として使われています。
こうした意味の背景にあるのが、水面に映った自分自身の姿に恋をしたナルキッソスの物語です。
ナルキッソスの名前は、後に自己愛に関係する心理学や精神分析の用語にも取り入れられました。20世紀にはジークムント・フロイトがナルシシズムについて論じたことなどにより、心理学や精神分析の分野でも広く知られる概念となっていきます。
現在では専門的な文脈だけでなく、日常的な表現としても使われる言葉となっています。
7. まとめ
ナルキッソスとスイセンの物語は、ギリシャ・ローマ神話に伝えられた花の物語のなかでも、特によく知られているものの一つです。
オウィディウスの『変身物語』では、ナルキッソスは非常に美しい青年として描かれています。しかし、彼はエコーをはじめ、自分に思いを寄せる人々の愛を受け入れませんでした。
やがてナルキッソス自身が泉の水面に映った姿に恋をします。その相手が自分自身だと知った後も離れることができず、次第に衰弱して命を失いました。
そして彼の身体があった場所には、白い花びらが金色の中心部を取り囲む一輪の花が残されていたと伝えられています。
ナルキッソス自身の姿は水面から消えてしまいましたが、その名前はスイセンを表す Narcissus や「ナルシシズム」という言葉のなかに残り、現在まで受け継がれています。




